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福岡地方裁判所 昭和61年(ワ)534号 判決

原告

上田國廣

右訴訟代理人弁護士

黒田慶三

外三四九名

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

安齋隆

吉松悟

三島敕

北川益雄

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二〇〇万九〇四〇円及びこれに対する昭和六〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 原告は、福岡県弁護士会所属の弁護士であり、昭和六〇年七月二四日、殺人等被疑事件の被疑者である甲野太郎(以下「甲野」という。)から右被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)について弁護人に選任された者である。

(二) 当時福岡地方検察庁(以下「福岡地検」という。)の検察官検事であつたA(以下「A検事」という。)は、本件被疑事件の捜査等の職務を行い、もつて、被告の公権力の行使に当たつた者である。

2  (事実経過)

(一) 本件行為に至る経緯

(1) 甲野は、昭和六〇年七月二三日午後二時ころ、殺人等の被疑事実により逮捕され、福岡県博多警察署(以下「博多署」という。)の留置場に留置された。

(2) 翌二四日、原告は、甲野の両親から甲野の弁護を依類され、昼ころ博多署で甲野と接見し、甲野から本件被疑事件について弁護人に選任された。

(3) 翌二五日午前、博多署から原告の事務所に電話があり、午前中の面会を求める甲野からの伝言があつたので、原告は、すぐに博多署に行き、甲野と接見した。

一方、本件被疑事件は、同日、福岡地検検察官に送致され、A検事がその捜査等を担当することになつた。

(4) 翌二六日、A検事は、福岡地方裁判所(以下「福岡地裁」という。)の裁判官に甲野の勾留請求と併せて接見禁止決定を求め、いずれもこれが認められた結果、甲野は、博多署の留置場に勾留されることになつた。

(二) 本件行為

(1) 七月二七日(土)(妨害①)

原告は、同日午前九時三〇分ころ、博多署管理係に電話をかけ、甲野との接見を申し入れたところ、「検察官から一般的指定がされているので、具体的指定がない限り接見できない。」として、事実上接見を拒否された。

そこで、原告は、福岡地裁に右一般的指定処分の取消しを求める準抗告を申し立て、これを認容する決定を得た。

(2) 七月二九日(月)

原告は、同日午前八時三〇分ころ、右決定書正本を博多署管理係長D(以下「D係長」という。)に示して、甲野との接見を申し入れたところ、D係長は、福岡地検に電話連絡をした上、原告を接見室に案内した。そこで、原告は、甲野と約三〇分間接見した。

右接見の途中、原告は、D係長から、A検事が連絡を求めている旨の伝言を受け、接見終了後の午前九時三〇分ころ、福岡地検に電話をかけたところ、A検事は、「今後面会するときは、指定書を取りに来てほしい。」旨述べ、これに応じられないとする原告との間にやりとりがあつた。原告は、所用を済ませた後、午前一一時ころ、事務所から再度A検事に電話をかけたが、A検事は、「指定書を取りに来てほしい。」というばかりであり、結局物別れに終つた。

(3) 七月三一日(水)(妨害②)

原告は、同日午前八時三五分ころ、自宅からタクシーで博多署へ行き、D係長に甲野との接見を申し入れた。その直後、原告は、取調べのため留置場から取調室へ移動中の甲野と出会つたので、取調官に、「今管理係に接見の申入れをしている。」旨告げると、同取調官は、甲野を留置場に連れ戻した。ところが、D係長は、「検察官の了解がないので、接見させられない。検察官から、指定書を持参しない限り、接見させないよう指示されている。」旨述べて、接見を拒否した。

そこで、原告は、A検事に電話をかけ、重ねて接見を申し入れたところ、A検事は、「取調べ中又は取調べ準備中であるので、接見させられない。翌八月一日午前八時三〇分に会わせるが、指定書を取りに来てほしい。指定書がない限り、接見させない。」旨述べ、さらに、「国賠でも何でもしてほしい。」と言つて、一方的に電話をきつた。原告は、再度電話をかけたが、A検事の返事は前同様であり、結局、原告は、同日も甲野との接見をすることができなかつた。

(4) 八月一日(木)(妨害③)

原告は、同日午前八時四五分ころ、自宅からタクシーで博多署へ行き、甲野が在監中であることを確認した上、D係長に甲野との接見を申し入れた。D係長は、前日と同様の返事をし、A検事と話してほしいとして、福岡地検に電話をかけたので、原告は、A検事に対し、甲野が取調べ中でないことを明らかにして、接見を申し入れた。しかし、A検事は、「指定書を取りに来てほしい。そうしない限り、接見させられない。上司からもそう言われている。」旨の主張を繰り返し、原告は、結局、同日も甲野と接見することができなかつた。

なお、同日、甲野は、原告の紹介により、本件被疑事件について名和田茂生弁護士を弁護人に選任した。

(5) 八月二日(金)(妨害④)

原告は、同日午前八時三二分ころ、自宅からタクシーで博多署へ行き、D係長に甲野との接見を申し入れた。そこで、D係長は、福岡地検に電話をかけたが、A検事が不在で、電話に出た福岡地検刑事事務課所属の検察事務官B(以下「B事務官」という。)は、原告に対し、「指定書を取りに来てほしい。そうでない限り、接見させられない。」旨繰り返すばかりであり、結局、原告は、同日も甲野と接見することができなかつた。

(6) 八月三日(土)(妨害⑤)

原告は、同日午前一一時五五分ころ、事務所からタクシーで博多署へ行き、D係長に甲野との接見を申し入れた。その直後、原告は、取調べが終了して留置場へ戻る途中の甲野に出会い、接見に来たことを伝えた。D係長は、原告の申入れを受けて、福岡地検に電話をかけたが、A検事が前日同様不在であつたので、原告は、電話に出たB事務官に対し、重ねて接見を申し入れた。しかし、B事務官の返事は、前回と同様であつた。

そこで、原告は、福岡地検刑事部長検事C(以下「C部長」という。)に電話をかけ、更に接見を申し入れたが、C部長は、「指定書がない限り、接見させられない。指定書の必要性についての解釈の違いだ。」と述べて、一方的に電話をきつたため、原告は、同日も甲野と接見することができなかつた。

(7) 八月五日(日)

原告は、同日、福岡地裁に右(6)の接見拒否とその際の指定書持参要求との取消しを求める準抗告を申し立て、翌六日、これを認容する決定を得た。

(8) 八月八日(木)(妨害⑥)

原告は、同日午後〇時一五分ころ、事務所からタクシーで博多署へ行き、甲野が在監中であることを確認した上、D係長に甲野との接見を申し入れ、さらに、D係長がかけた電話に出て、A検事に対し、甲野が在監中であること及び八月三日の件で準抗告が認容されていることを告げた上、重ねて接見を申し入れたが、A検事は、「昼からも検事調べの予定だ。被疑者も食事ができないのはかわいそうだ。接見させられない。」と述べて、一方的に電話をきつた。そこで、原告は、再度A検事に電話をして、接見を申し入れたが、同様の応答で一方的に電話をきられ、結局同日も甲野と接見することができなかつた。

(9) 八月一〇日(土)

原告は、同日、福岡地裁に対し、右(8)の接見拒否の取消し及び八月一二日午後一時から午後五時までの間に三〇分間接見させることを求める準抗告を申し立て、これを認容する決定を得た。

一方、甲野は、同日付けで傷害致死等の公訴事実により福岡地裁に起訴された。

3  (違法性)

(一)(1) 接見交通権の意義

憲法三一条にいわゆる適正手続の具体的内容を規定した同法三四条前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と定めている。ここにいう弁護人を依頼する権利は、単に弁護人を選任することができるという権利ではなく、拘禁中の被疑者又は被告人が弁護人の援助を得て自らを有効に防禦することができる権利を意味する。

刑事手続においては、捜査段階こそ被疑者の人権が侵害の危険にさらされる時であり、また、公判に向けて証拠の収集、保全等緊急の防禦活動が要請される時でもあるが、身体を拘束されている被疑者の場合は、弁護人を通じてこれらの防禦活動を行うほかに方法がない。したがつて、身体を拘束されている被疑者と弁護人又は弁護人となろうとする者とが立会人なしに自由に接見することができる接見交通権は、憲法三四条前段の保障する弁護人依頼権の最も重要な内容をなすものであり、被疑者にとつて刑事手続上最も重要な権利に属すると同時に、弁護人にとつても捜査段階における弁護活動の基盤をなす重要な固有権であり、その職責を全うするために不可欠の前提となる権利である。

(2) 接見指定の要件

刑訴法三九条三項は、捜査機関に接見指定権を付与しているが、右は、本来自由である接見交通について、捜査の緊急性を考慮して、例外的に捜査機関に指定権を付与した規定であつて、接見交通権が憲法三四条前段の規定を具体化した刑事手続上最も重要な権利であることにかんがみれば、右指定権の行使は、あくまでも例外的な措置として、まさに緊急やむを得ない場合に限られるべきである。したがつて、接見指定の要件である「捜査の必要性」とは、具体的に被疑者が取調べ中であるとか、検証・実況見分・引き当り捜査に立会い中である等の場合で、かつ、捜査の中断による支障の顕著な場合に限られるべきである。

(3) 一般的指定の違法性

検察官から被疑者の留置先の警察署長に対し一般的指定書が交付されると、事実上、弁護人は、別に発せられる具体的指定書の交付を受けない限り、被疑者と接見することができないということになる。しかし、捜査官の接見指定権は、前述のとおり緊急やむを得ない場合に例外的に認められる権利であり、接見指定の要件が公訴提起までの捜査期間中継続して存在することは、その性質上有り得ないことであるから、公訴提起までの全期間を通じ、弁護人による接見を一般的に禁止する結果となる一般的指定処分は、刑訴法三九条三項の要件を無視した違法な処分であるというべきである。

また、弾劾的捜査構造においては、被疑者と捜査機関は、相対立する対等な当事者として位置付けられており(当事者対等の原則)、このような捜査構造を前提とする限り、一方当事者である被疑者及び弁護人にとつてその防禦権の中核をなすところの接見交通権について、他の一方当事者に過ぎない捜査官の裁量によつて、しかも、捜査の必要性という抽象的な理由により、公訴提起までの全期間にわたつて一般的にこれを禁止するということは到底許されないことである。

さらに、刑訴法八一条は、弁護人以外の者との接見の制限についてすら裁判所の決定を要すると規定しており、これと対比して、刑訴法三九条に基づく弁護人の接見交通は、単に被疑者の一般的な生活利益にとどまるものではなく、被疑者の利益を守る上で最も重要な権利であることにかんがみ、このような重大な権利が捜査官の発する一片の指定書によつて一般的な禁止を受けるのは、背理というほかない。

(4) 指定書持参方式の違法性

刑訴法三九条三項は、「捜査のため必要があるとき」に接見の日時を指定することができる旨規定しているのであるから、捜査の必要がない限り、指定権の行使が許されないことは当然である。ところが、検察実務では、捜査の必要性の存否とは関係なく、弁護人に対して具体的指定書の受領と被疑者の留置先への持参、提出を要求するのが通例である。このような取扱いは、接見交通を原則的一般的に禁止し、検察官の個別的許可がない限り、接見交通ができないという効果を生じせしめるものであつて、一般的指定書によらない事実上の一般的指定処分であり、違法であることは明らかである。

さらに、たとえ「捜査のため必要があるとき」という要件を具備する場合であつても、弁護人が検察官の下まで具体的指定書を取りに行き、これを被疑者の留置先まで持参、提出しなければならない明文の根拠は、どこにもないのであるから、検察官が具体的指定の意思表示をするには、検察官自身がその責任において表示行為をすべきであり、弁護人の手足を煩わさなくても、検察官のいう「事務の明確化、接見の円滑化、紛争の予防」という目的を達成しうる具体的指定の方法は、いくつも存在するはずである。

このように、指定書持参方式は、本来自由な接見交通権に法の予定しない制約を課すものであり、違法というほかない。

(二) 本件行為の違法性

A検事は、次のとおり、違憲、違法な一般的指定により原告と被疑者の接見を違法に妨害した。さらに、原告による接見の申出に対し、刑訴法三九条三項の規定する指定の要件が存在しないにもかかわらず、接見の指定をし又は接見の指定すら行わず、かつ、原告に受領すべき義務のない具体的指定書の持参を執ように要求して、原告と被疑者との接見を違法に妨害し、もつて原告の弁護権を侵害した。

(1) 七月二七日の妨害①について

原告は、同日、A検事による違法な一般的指定により、甲野と接見することができなかつた。

(2) 七月三一日の妨害②について

同日原告が接見の申出をした当時、甲野は、いまだ取調べ中ではなく、取調べに取り掛かろうとしていたにすぎず、しかも、原告の接見に備えていつたん留置場に連れ戻されているのであつて、このような場合には、いまだ刑訴法三九条三項にいう「捜査のため必要があるとき」の要件に該当しないことは明らかであり、具体的指定権行使の要件がないのに、A検事は、捜査のため必要と称して、原告の接見を拒否した。

(3) 八月一日の妨害③について

同日原告が接見の申出をした当時、甲野は、在監中であり、いまだ具体的指定権行使の要件はないのに、A検事は、原告の接見を拒否した。

(4) 八月二日の妨害④について

同日原告が接見の申出をした当時、甲野は、取調べ中であつたが、取調べに入つたばかりであり、「捜査の中断による顕著な支障」が認められる状況ではなく、いまだ具体的指定権行使の要件はなかつた。

仮にそうでないとしても、このような場合には、速やかに日時を指定しなければならないのに、A検事の指示を受けていたB事務官は、何ら日時の指定をすることなく、原告に義務のない具体的指定書の持参を要求するばかりであり、適法な具体的指定をしなかつた。

以上のとおり、A検事は、B事務官に指示して、原告の接見を違法に拒否した。

(5) 八月三日の妨害⑤について

同日原告が接見の申出をした当時、甲野の取調べは終了していたのであるから、具体的指定権行使の要件はないのに、A検事は、B事務官に指示して、原告の接見を拒否した。

(6) 八月八日の妨害⑥について

同日原告が接見の申出をした当時、甲野は、在監中であつたのであるから、具体的指定権行使の要件はないのに、A検事は、原告の接見を拒否した。

4  (責任原因)

A検事は、右2の接見妨害行為をするに際し、自己の行為によつて違法な事実が発生することを知り又は知りうべきであつた。

5  (損害)

(一) 原告は、本件行為により、被疑者の起訴前の勾留期間中わずかに一回しか被疑者に接見することができず、弁護人として十分に職責を果たすことができなかつたことについて著しく精神的苦痛を被るとともに、博多署への往復や接見妨害を排除するための準抗告の申立てなどのために余分な交通費の支出を余儀なくされた。

(二) 本件各行為によつて受けた原告の右損害の数額は次のとおりである。

(1) 七月二七日の妨害①に係る分

慰謝料 一五万〇〇〇〇円

(2) 七月三一日の妨害②に係る分

慰謝料 二五万〇〇〇〇円

タクシー代 二四六〇円

(3) 八月一日の妨害③に係る分

慰謝料 三〇万〇〇〇〇円

タクシー代 二四六〇円

(4) 八月二日の妨害④に係る分

慰謝料 三五万〇〇〇〇円

タクシー代 二四六〇円

(5) 八月三日の妨害⑤に係る分

慰謝料 四五万〇〇〇〇円

タクシー代 八三〇円

(6) 八月八日の妨害⑥に係る分

慰謝料 五〇万〇〇〇〇円

タクシー代 八三〇円

6  結論

よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項の規定に基づき、損害賠償金二〇〇万九〇四〇円及びこれに対する損害の発生以後の日である昭和六〇年八月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(認否)

1 請求原因1(当事者)の(一)、(二)の各事実は認める。

2(一) 請求原因2(事実経過)の(一)(本件行為に至る経緯)の(1)の事実は認める。(2)のうち、接見及び弁護人選任の事実は認めるが、その余の事実は知らない。(3)のうち、接見、事件受理及びA検事担当の事実は認めるが、その余の事実は知らない。(4)の事実は認める。

(二) 同(二)(本件行為)の(1)の前段の事実は知らない。後段の事実は認める。(2)のうち、接見及び架電の事実は認めるが、その余の事実は否認する。(3)のうち、原告がD係長及びA検事に接見を申し入れたこと、A検事が原告に「現在は取調べ又は取調べ準備中であり、翌八月一日午前八時三〇分から接見が可能である。」旨述べたことは認めるが、その余の事実は否認する。(4)のうち、原告がD係長及びA検事に接見を申し入れたこと、A検事が原告に「指定書を取りに来てほしい。」旨述べたこと、原告が電話をきつたこと及び甲野が名和田茂生弁護士を弁護人に選任したことは認めるが、その余の事実は否認する。(5)のうち、原告がD係長に接見を申し入れたこと、D係長が検察庁に電話をかけたが、A検事が不在で、電話に出たB事務官が原告に「指定書を取りに来てほしい。」旨述べたことは認めるが、その余の事実は否認する。(6)のうち、甲野が在監中であつたこと、原告がD係長及びC部長に接見を申し入れたこと、D係長が福岡地検に電話をしたが、A検事が不在で、電話に出たB事務官が原告に前日同様の返事をしたこと及びC部長が原告と電話で応対したことは認めるが、その余の事実は否認する。(7)の事実は認める。(8)のうち、甲野が在監中であつたこと、原告がD係長及びA検事に接見を申し入れたこと、A検事が原告に「昼からも検事調べの予定である。」旨述べたこと及び原告がA検事に再度電話をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。(9)の事実は認める。

3 請求原因3(違法性)については、後記主張のとおりである。

4 請求原因4(責任原因)の事実は否認する。

5 請求原因5(損害)の(一)、(二)の各事実は否認する。

(主張)

1 (事実経過)

(一) 七月二七日(土)

A検事は、同日、原告から接見の申出があつた旨の連絡を受けておらず、自ら接見を拒否したこともないし、D係長にその旨指示したこともない。

(二) 七月二九日(月)

同日午前九時ころ、博多署管理係からA検事に「原告が来署して、甲野との接見を申し出ている。」旨の電話連絡があつたので、A検事は、いつたん電話をきつて、担当警察官の取調べ予定を確認した後、午前九時一五分ころ、管理係に電話をしたが、原告がいないとのことであつたので、やむを得ず電話をきつた。その後午前九時三〇分ころ、原告から電話があり、A検事が「本日午前一〇時三〇分までの間に接見可能である。」旨告げたところ、原告は、「本日は別用があるので接見しない。」とのことであつた。その際、A検事は、「接見される際は、取調べの予定等の調整を図つて、接見が円滑にできるようにするので、事前に接見予定日時を連絡し、具体的指定書を取りに来ていただきたい。」旨要請したところ、原告は、「そのようにするかどうかは、事件毎に具体的に協議するつもりであるが、本件については今のところ何とも言えない。事務所に帰つてまた電話する。」旨述べて、電話をきつた。その後午前一一時〇五分ころ、原告から再度電話があり、原告は、「具体的指定書を持参する必要はない。」などと接見について独自の意見を述べて、電話をきつた。

以上のような経過から、A検事は、原告が同日甲野に接見したことを知らなかつた。

(三) 七月三一日(水)

同日八時四〇分ころ、博多署管理係からA検事に、「原告が来署して、接見を申し出ている。」旨の電話連絡があつた。A検事は、担当警察官に捜査状況を確認した後、同管理係に居た原告に電話をかけ、「取調べに入るところであり、捜査の都合上午前中の接見は遠慮してほしい。午後からは可能なので、午後にしてほしい。」旨要望したところ、原告は、「午後は熊本に行くので、接見できない。明日午前八時三〇分から接見したい。」とのことだつたので、A検事は、再度担当警察官に確認した後、「明日午前八時三〇分から接見が可能である。その際には、具体的指定書を持参されたい。」旨告げたが、原告は、「指定書を持参する必要はない。」と繰り返し述べるばかりであつた。そこで、A検事は、原告に対し、「当職は、検察庁の方針及び具体的指定についての判例に従つて職務を遂行しているのであるから、これ以上の当職に対する要求は受け入れられない。不満があれば、別途法的手段を講じられたい。」旨述べて、電話をきつた。

そして、A検事は、指定日時を八月一日午前八時三〇分から同九時までの一五分間とする具体的指定書を作成したが、原告は、これを受け取りに来なかつた。そこで、A検事は、原告が接見の申出を撤回したものと判断し、博多署の担当警察官に「翌八月一日八時半から九時までを接見のために空けておく必要はない。」旨連絡した。

(四) 八月一日(木)

A検事は、同日午前八時四五分ころ、原告から、「甲野と接見したい。」旨の電話による申入れを受けたが、電話による指定が許される場合ではないと判断して、「具体的指定書を事務員でよいから取りに来られたい。原告の申出は指定書なしで接見する場合には該当しない。」旨告げた。しかし、原告は、特段の事情もないのに、具体的指定書の持参を拒否した。

なお、午後〇時五五分ころ、博多署管理係からA検事に、「名和田弁護士が、甲野の弁護人になるかどうかの打合せのために来署して、接見を申し出ている。」旨の電話連絡があつたので、A検事は、博多署の担当警察官と連絡し、C部長とも相談の上、この場合は電話による指定ができると判断し、電話で同弁護士に対し、接見時間を同日午後五時から五時三〇分までの一〇分間とする接見の指定をし、名和田弁護士は、同日午後五時七分から一〇分間、甲野と接見した。

(五) 八月二日(金)

同日午前八時五〇分ころ、博多署管理係から、「原告が来署して、接見を申し出ている。」旨の電話連絡を受けたB事務官は、休暇中のA検事から右申出について事前に指示を受けていたので、原告に対し、「警察の方と取調べの調整をし、その上で接見指定をするので、具体的指定書を取りに来られたい。」旨告げたが、原告は、「指定書持参の必要はない。即時接見させろ。」と主張するばかりで、物別れに終つた。

(六) 八月三日(土)

同日午前一一時五〇分ころ、博多署管理係から、「原告が来署して、接見を申し出ている。」旨の電話連絡を受けたB事務官は、A検事がこの日も休暇中であつたため、事前の指示どおり前日同様の応答をしたが、原告は、上司である部長に電話を代わるように要求し、その後はC部長が原告に応対した。

(七) 八月八日(木)

A検事は、同日午前午後を通じて甲野を取調べたが、昼食及び休憩のため取調べをいつたん中断した直後の午後〇時一〇分ころ、原告から「甲野と接見したい。」旨の電話による接見の申出を受け、「本日は午前午後を通じて当職が甲野を取調べる予定であり、現在は甲野に昼食と休憩をとらせているため中断しているが、それが済み次第取調べを再開するので、接見は明日以降に願いたい。」旨告げたところ、原告は、「甲野は、現在房にいるので、取調べ中ではない。」、「直ちに接見させよ。」などと執ように接見を要求した。そこで、A検事は、これ以上の説得は不可能かつ無意味であると判断して、電話をきつたところ、午後〇時三〇分ころ、再度原告から電話があり、A検事が電話をきつたことについて「非常識だ。」と難詰した。

2 (適法性)

(一)(1) 接見交通権の位置づけ

憲法三四条前段及び三七条三項は、弁護人依頼権を保障し、刊訴法三九条一項は、この趣旨にのつとつて、被疑者は、弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なしに接見し、また、書類等の授受をすることができる旨を規定している。

被告人は、検察官と対等の当事者たる訴訟上の地位を与えられているが、捜査段階における被疑者は、単に犯罪の嫌疑をかけられた容疑者であるにとどまらず、同人の供述も事件の真相を解明するための一つの証拠資料となる意味で重要な捜査の対象であり、したがつて、検察官等は、捜査権に基づき、被疑者を逮捕、勾留して取り調べることができると定められている(刑訴法一九九条、二〇四条)。

刑訴法三九条三項は、被疑者・弁護人等の接見交通権と捜査機関の捜査権との調和を図るため、捜査機関に接見等の指定権を認めたものであると解されるから、接見指定の要件や方法を検討する際には、接見交通権と捜査権とを調和させる合理的解釈を導く必要がある。

(2) 接見指定の要件

刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義については、原告主張のように限定的に解釈するのは相当でなく、被疑者を現実に取り調べていると否とにかかわらず、検察官等において、事案の性質又は捜査の具体的進展状況等を勘案し、弁護人による接見等が証拠隠滅等の契機となり得ると認められるときは、接見等に関しその日時等について具体的指定をすることができると解するのが相当であつて、その根拠は次のとおりである。

(ア) 刑訴法三九条三項は、「捜査のため必要があるとき」と定め、「取調のため必要があるとき」とはしていない。

(イ) 逮捕、勾留の場合、その要件としては、逃亡のおそれと並んで罪証湮滅のおそれもあり、被疑者の取調べのためだけに限定していないから、接見指定についても、当然罪証湮滅の防止等もその要件として考慮されなくてはならない。

(ウ) 刑訴法三九条二項は、罪証湮滅を防ぐため必要な措置を規定することができるとして、弁護人との接見交通において罪証湮滅のあり得ることを予想しているのであつて、同条三項は、形式的にはこの必要な措置を規定した場合ではないとしても、実質的にはそれを含めた趣旨と解すべきである。

(エ) 刑訴法三九条三項本文は、被疑者の取調中などの限られた場合にだけ消極的指定ができるのではなく、積極的指定が可能であるとしており、これを限定的に解する立場をとれば、同項は無意味な規定となる。

(3) 一般的指定

刑訴法三九条三項は、捜査機関に対し接見指定権を認めながら、その方式等については何ら定めていないことから、どのような方法で指定権を行使するかは、捜査機関の合理的な裁量に委ねられていると解される。

そこで、検察実務では、検察官が捜査上個別に接見の指定をすることが必要と認めた場合には、あらかじめ一般指定書を監獄の長に交付して、一般的に指定権行使の意思表示をしておき、弁護人等が接見指定権者に連絡をしないで接見のため直接当該監獄に赴いたときは、監獄の長の接見指定権者に対する連絡に基づき、その時点における捜査状況を勘案して具体的指定をする必要があるかどうかを判断し、指定の必要があると認められるときは、協議の上、しかるべき日時、場所及び時間を記入した具体的指定書を作成、交付して指定する取扱いをしているが、このような運用は、法律上許された当然の措置である。右の連絡及び判断に必要な若干の時間弁護人が接見を待たされても、右事務手続に照応してみて合理的な範囲内である限り、何ら弁護権を侵害するものではなく、弁護人は、それを受忍する義務があると思料される。

このように、一般的指定は、具体的指定権の行使を円滑かつ確実に行うためのシステムとしてよく機能しており、また、一般的指定が行われているときは、弁護人等は、事前に接見指定権者に連絡をとり、具体的指定を行うかどうかについて、また、指定を行うときはその内容について協議することによつて監獄に無駄足を運ぶことを防ぐことができるという意味において、弁護人等にとつても便宜な制度というべきである。

(4) 方式

書面による指定は、指定内容の明確化、接見をめぐる過誤紛争の未然防止、不服申立てに際しての審判の対象の明確化等が図られる。そして、事件の大半は接見指定がされないから、一般的指定がされた事件について弁護人等に接見希望の申出と指定書の受領を求めても、弁護人等に多大な負担をかけることにはならない。また、刑訴規則三〇条に基づいて裁判所が行う接見指定についても、書面で行われている。

これらの事情からみると、接見指定を書面によつて行うこと自体は、合理的な方法であり、弁護士等にそのための事前協議と指定書の受領を求めることは、指定権者の合理的な裁量の範囲内にある適法な措置というべきである。

なお、弁護人等と被疑者とが緊急に接見する必要がある場合や、指定書による接見を求めることが弁護人等に不当に重い負担を強いることになる場合には、電話等適宜な方法で指定権を行使することもある。

(二) 本件行為の適法性

(1) 本件は、憲法、刑訴法等の関係法規に照らし適正な接見指定はどうあるべきか、法規の解釈について判例、学説が対立する場合にどの解釈を正当とすべきかの論点を究める場ではなく、接見指定をめぐる判例、学説の対立、接見指定の実務の取扱いが必ずしも統一されていない状況にある場合に、A検事が行つた接見指定が国賠法上違法といえるのか否かを判断すべきであり、かつ、それに尽きるものである。そして、右違法性を評価するために必要な限りにおいて判例、学説の動向が参照されるに過ぎないのである。

ところで、A検事は、接見指定に関する考え方として、昭和三七年九月一日付け法務大臣訓令「事件事務規程」二八条にのつとつて執務していたものである。右接見指定の方法は、現在までの検察事務を踏襲したのであり、接見指定に関し検察官の圧倒的多数が採用している事務処理方式と同一であり、しかも、福岡地検として昭和五八年一一月開催の一審強化方策福岡地方協議会刑事部会において表明した基本方針に基づく方法と同一である。ちなみに、福岡弁護士会会員のほとんどの弁護士が、具体的指定書を受領、持参の上、被疑者との接見を行つていることは周知の事実である。

のみならず、右のような考え方は、判例及び学説上必ずしも否定されていないばかりか、むしろ捜査の実情を十分に踏まえ、被疑者の人権と真実の発見、捜査の必要との具体的妥当な調整を図るべき理論として有力に主張され、堅持されているのである。

したがつて、後記(2)のように、A検事の接見指定に関する職務執行が極めて正当なものであることは明白であり、仮に原告が主張する立場に立つて接見交通権あるいは刑訴法三九条三項の規定を理解するとしても、本件各日時におけるA検事の対応を違法とすべき余地はない。

(2)(ア) 七月二七日の行為について

一般的指定書が内部的事務連絡文書にすぎないことは、前述したとおりである。したがつて、七月二七日の事実に関しては、A検事による「公権力の行使」自体が存在しないのであるから、接見妨害を論じる余地はない。

(イ) 七月三一日の行為について

同日A検事において接見を拒否した事実はなく、むしろ「取調べ中」を理由として原告に対し他の可能な限り近い日時における接見を打診し、双方協議の結果、「翌八月一日午前八時三〇分から同九時までの間の一五分間」の接見指定をして解決したものである。

したがつて、A検事による接見拒否処分なるものが存在せず、仮に具体的指定権の行使について問題とするとしても、「取調べ準備中」である以上、A検事の行為は、正当な公権力の行使である。

(ウ) 八月一日の行為について

原告は、前日(七月三一日)中に具体的指定書を受領する時間的余裕が十分にあり、かつ、ほとんど負担らしい負担もなかつたにもかかわらず、殊更A検事と事を構えることに執着し、翌八月一日、あえて具体的指定書を持参しないまま直接博多署へ出向いて、特段の理由もなく強硬に即時接見方を求めたのである。これに対し、A検事は、福岡地検の前記方針及び大臣訓令に従い、具体的指定書の受領、持参方を求めて論争となり、両者間において協議が整わないまま物別れとなつたものであつて、A検事の右対応は、極めて正当である。

(エ) 八月二日の行為について

A検事は、休暇のため、B事務官に対し、八月二日、三日の両日接見の申出があつた場合には、警察の捜査との調整をした上、C部長の指揮を受けるよう指示していたのであるから、右両日の接見指定についてA検事による公権力行使は存在しない。

また、原告とB事務官との電話でのやり取りは、要するに、具体的指定書受領の要否について論争となり、B事務官において警察の取調べ状況を確認したり、C部長の指揮を仰いだりする間もないままに、原告が電話をきつてしまつたものである。

(オ) 八月三日の行為について

同日、原告と応対したB事務官は、C部長に代わるよう求められて交替し、その後の交渉は、原告とC部長の間において行われたものであり、A検事による公権力行使が介在する余地がないことは明らかである(なお、C部長の応対が接見妨害などと非難される余地もない。)。

(カ) 八月八日の行為について

同日原告が接見を申し出た当時、甲野は、昼食のため検事の取調べが中断されて休憩中であつたが、午後も引き続き検事の取調べがある予定であつたのであるから、取調べ中に準じ、原告の即時接見の申出を断つて他の日時を打診したA検事の措置は、何ら違法なものではない。

(3) さらに、本件被疑事件において「罪証隠滅のおそれ」が極めて強いことは、甲野及び本件被疑事件の主犯乙野次郎の各公判における熾烈な防禦活動にかんがみれば、一目りよう然である。

よつて、A検事の本件各行為は、すべて適法である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者

請求原因1の(一)、(二)の各事実は、当事者間に争いがない。

二事実経過

1(一)  請求原因2の(一)(本件行為に至る経緯)の(1)の事実、(2)のうち接見及び弁護人選任の事実、(3)のうち接見、事件受理及びA検事担当の事実並びに(4)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  請求原因2の(二)(本件行為)の(1)のうち後段の事実、(2)のうち接見及び架電の事実、(3)のうち、原告がD係長及びA検事に接見を申し入れたこと、A検事が原告に「現在は取調べ又は取調べ準備中であり、翌八月一日午前八時三〇分から接見が可能である。」旨述べたこと、(4)のうち、原告がD係長及びA検事に接見を申し入れたこと、A検事が原告に「指定書を取りに来てほしい。」旨述べたこと、原告が電話をきつたこと及び甲野が名和田茂生弁護士を弁護人に選任したこと、(5)のうち、原告がD係長に接見を申し入れたこと、D係長が福岡地検に電話をかけたが、A検事が不在で、電話に出たB事務官が原告に「指定書を取りに来てほしい。」旨述べたこと、(6)のうち、甲野が在監中であつたこと、原告がD係長及びC部長に接見を申し入れたこと、D係長が福岡地検に電話をしたが、A検事が不在で、電話に出たB事務官が原告に前日同様の返事をしたこと及びC部長が原告と電話で応対したこと、(7)の事実、(8)のうち、甲野が在監中であつたこと、原告がD係長及びA検事に接見を申し入れたこと、A検事が原告に「昼からも検事調べの予定である。」旨述べたこと及び原告がA検事に再度電話をしたこと並びに(9)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2(一)  右1の争いのない事実と、〈証拠〉とを総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 昭和六〇年七月二三日(火)午後二時ころ、甲野は、他の共犯者とともに監禁、殺人、死体遺棄等の罪を犯した疑いがあるとする本件被疑事実により長崎市内で通常逮捕され、博多署の留置場に留置された。

(2) 七月二四日(水)、原告は、甲野の両親から甲野の弁護を依頼され、博多署で甲野と約三〇分間接見し、甲野から本件被疑事件について弁護人に選任された。

(3) 七月二五日(木)午前、原告は、博多署で甲野と三、四〇分間接見した。

一方、本件被疑事件は、同日、福岡地検検察官に送致され、A検事がその捜査を担当することになつた。なお、その弁解録取の際、甲野は、監禁及び殺人について外形的事実を認め、共謀の点を否認し、死体遺棄について全面的に事実を否認した。

(4) 七月二六日(金)、A検事は、福岡地裁裁判官に甲野の勾留請求と併せて接見禁止決定を求め、いずれもこれが認められた結果、甲野は、代用監獄である博多署留置場に勾留されることになつた。

そこで、A検事は、本件被疑事件について刑訴法三九条三項にいう接見のための日時等を指定する必要があるものと判断し、別紙のとおりの形式の「接見等に関する指定書」(いわゆる一般的指定書、以下「一般的指定書」という。)を作成し、博多署長にその謄本を交付した。

(5) 七月二七日(土)、原告は、午前九時三〇分ころ博多署管理係に電話をかけ、甲野との接見を申し入れたところ、一般的指定書が交付されているとの回答があつたので、同日の接見を諦め、福岡地裁に右一般的指定処分の取消しを求める準抗告を申し立て、これを認容する決定を得た。

なお、A検事は、同日原告が右接見の申出をしたことを知らされていなかつた。

(6) 七月二九日(月)、原告は、博多署へ行き、午前九時前ころ、D係長に右取消し決定の決定書正本を示して、甲野との接見を申し入れた。D係長は、福岡地検に電話をかけ、A検事に右申出のあつたことを伝えた後、原告を同署接見室まで案内した。そこで、原告は、約三〇分間甲野と接見した。

原告は、右接見の途中、D係長から、A検事が連絡を求めている旨の伝言を受け、接見終了後の九時三〇分ころ、A検事に電話をかけた。その際、A検事と原告との間で具体的指定書の取扱いをめぐつてやりとりがあり、A検事は、原告が具体的指定書を持参することを求め、原告は、「指定書は本来取りに行く必要はない。具体的指定ができる場合でも、指定書を取りに行くかどうかは個々具体的な状況による。」旨主張して、双方譲らなかつた。そして、午前一一時ころ原告が再度電話をかけた際も、同様のやり取りに終始した。

(7) 七月三一日(水)、原告は、自宅からタクシーで博多署に行き、午前八時三五分ころD係長に甲野との接見を申し入れた。その直後、原告は、取調べのため留置場から取調室に連れて行かれている甲野と偶然に出会つたので、取調担当警察官に接見に来ていることを告げると、同警察官は、甲野をいつたん留置場へ連れ戻した。

一方、D係長は、A検事に電話をかけ、原告から右申出があつたことを伝えた。そして、右電話に出た原告がA検事に改めて接見を申し入れたところ、A検事は、博多署の取調担当警察官に取調状況等を確認した上、取調べ準備中であることを理由に、接見についての日時等の指定をするとして、原告に同日午後一時又は翌日午前八時三〇分からの接見を打診するとともに、重ねて具体的指定書を取りに来るように求めた。これに対し、原告は、翌日午前八時三〇分からの接見を可能としながら、即時の接見について指定の要件を欠く旨抗議するとともに、前同様「具体的指定書を持参する義務はない。」旨の主張を繰り返し、感情的な対立が深まる中で、A検事は、別件で参考人を取り調べる予定があつたため、「これ以上の要求には応じられない。不満なら、別途法的手段を採られたい。」として、電話をきつた。その結果、原告は、同日、甲野と接見することができなかつた。

なお、甲野は、同日午前八時三七分から午後〇時二〇分までは警察官による取調べのため、午後一時から午後四時三〇分までは検察官による取調べのため、在監していなかつた。

(8) 八月一日(水)、原告は、自宅からタクシーで博多署に行き、午前八時四五分ころ、甲野が在監中であることを確認した上、D係長に甲野との接見を申し入れた。D係長は、直ちにA検事に電話をかけ、原告の右申入れを伝えたが、電話に出た原告が、甲野は在監中であり、したがつて、具体的指定の要件がないとして、即時の接見を要求したのに対し、A検事は、具体的指定書の持参を要求して譲らず、結局、原告は、同日も甲野と接見することができなかつた。

そこで、原告は、甲野の両親に知り合いの名和田茂生弁護士を紹介し、同弁護士は、同日午後一時ころ、弁護人選任手続のため甲野との接見を申し入れたところ、A検事は、博多署の担当警察官に取調べ状況を確認し、C部長とも相談した上、電話により、同日午後五時から五時三〇分まで一〇分間の接見を指定し、同弁護士は、五時〇七分から一〇分間甲野と接見した。

なお、甲野は、同日午前九時から午前一一時五〇分までと午後〇時五〇分から午後五時五分までの間、警察官による取調べのため在監していなかつた。

A検事は、翌二日から休暇をとるため、B事務官に対し、本件被疑事件の弁護人から接見の申出があつた場合の取扱いを指示した。

(9) 八月二日(金)、原告は、自宅からタクシーで博多署に行き、八時三二分ころD係長に甲野との接見を申し入れた。そこで、D係長が福岡地検に電話をかけたが、A検事も立会事務官も休暇で不在であつたので、原告は、代わりに電話に出たB事務官に甲野との接見を申し出たところ、B事務官は、いきなり「警察と時間を調整し、C部長に報告して、具体的指定書を出す。」とした上、原告に右指定書の持参を求めて譲らず、それ以上に話は進展しないまま、原告は、同日も甲野と接見することができなかつた。

甲野は、同日午前八時二五分から午前一一時四六分までと午後〇時四七分から午後六時二三分までの間、警察官による取調べのため在監していなかつた。

(10) 八月三日(土)、原告は、事務所からタクシーで博多署へ行き、午前一一時五五分ころD係長に甲野との接見を申し入れた。その直後、原告は、取調室から留置場に戻されている甲野と偶然出会い、一緒に歩きながら少し話をした後、窓口に戻つた。

そして、原告は、D係長がかけた電話に出て、B事務官と話をしたが、前日同様のやり取りに終始し、B事務官は、C部長に電話を回した。そこで、原告は、C部長に重ねて甲野との接見を申し出たが、C部長も、具体的指定書の持参を求め、原告が「具体的指定の要件のない場合である。」旨抗議したのに対し、「捜査の必要性についての解釈の違いであり、この場合も指定書が必要である。」として譲らず、交渉は決裂した。その結果、原告は、同日も甲野と接見することができなかつた。

同日、名和田弁護士も、B事務官から具体的指定書の持参を要求され、甲野との接見を断念した。

なお、甲野は、同日午前九時三四分から午後〇時〇一分までの間、警察官による取調べのため在監していなかつた。

(11) 八月五日(日)、原告は、右(10)に関するA検事の接見拒否行為及び具体的指定書の持参を要求する行為の各取消しを求める準抗告を福岡地裁に申し立て、翌六日、右各行為を取り消す旨の決定を得た。

(12) 八月八日(木)、原告は、事務所からタクシーで博多署に行き、甲野が在監中であることを確認した上、午後〇時一五分ころD係長に甲野との接見を申し入れた。そこで、D係長は、A検事に電話をかけ、電話に出た原告が、同月六日の準抗告決定の内容にも触れながら、重ねて接見を申し出たところ、A検事は、「食事の時間であり休憩も必要である。昼からも検事調べの予定があるから、接見は明日以降に願いたい。八月三日の件について取消決定があつたとしても、具体的指定ができなくなるものではない。」と述べて、電話をきつた。原告は、再度A検事に電話をかけたが、相互に非常識だと非難し合うばかりであり、成果のないまま、原告は、同日も甲野と接見することができなかつた。

なお、甲野は、同日午前九時から午前一一時五五分までと午後一時から午後五時四〇分までの間、検察官による取調べのため在監していなかつた。

(13) 八月九日(金)、A検事は、名和田弁護士の接見の申出に対し、同日午後三時から三時三〇分までの間に一五分間と指定して、その旨を記載した具体的指定書(乙第一一号証)を作成し、名和田弁護士は、これを持参して、同日午後二時〇八分から一〇分間甲野と接見した。

(14) 八月一〇日(土)、原告は、右(12)に関するA検事の接見拒否行為の取消し及び同日八月一二日午後一時から五時までの間引き続き三〇分間原告と甲野とを接見させなければならない旨の裁判を求めて、福岡地裁に準抗告を申し立て、同日右申立てどおりの内容の決定を得た。

一方、A検事は、同日、甲野を傷害致死、監禁、死体遺棄の各公訴事実により福岡地裁に起訴した。その後、甲野は、同年九月一九日には死体損壊遺棄の公訴事実により、同月三〇日には凶器準備集合、殺人未遂の公訴事実により、それぞれ福岡地裁に追起訴された。

(二)  〈証拠判断略〉

三違法性

1  接見指定の要件及び方式

(一)  (捜査の必要)

刑訴法三九条一項は、憲法三四条前段が身体を拘束された者に弁護人を依頼する権利を保障しているのを受けて、身体の拘束を受けている被疑者は、弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と立会人なしに接見し、書類や物の授受をすることができると規定している。そして、同条三項は、捜査機関(以下、本件事案に即し「検察官」に限定する。)は、「捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。」と規定しているが、右規定は、同条一項の接見交通権と捜査の必要との調整を図るために設けられた規定であつて、被疑者と弁護人等との接見交通は、本来自由であるべきものであるから、検察官のする右接見のための日時等の指定は、捜査の必要上やむを得ない場合に限つて認められる例外的措置と解すべきである。

したがつて、検察官は、弁護人等から被疑者との接見の申出があつたときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人と打ち合わせることのできるような措置を採るべきであつて(最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八二〇頁参照)、右のような意味における「捜査の必要」がないのに検察官が接見のための日時等を指定することは、もとより違法である。また、「捜査の必要」のため接見の日時等を指定することができる場合であつても、検察官において任意の接見を拒否するのみで速やかに右指定措置を講じないときは、違法であることを免れないと解すべきである。

(二)  (一般的指定書)

検察官は、勾留中の被疑者について刑訴法三九条三項の接見のための日時等の指定をする必要があると判断するときは、法務大臣訓令である事件事務規程二八条に基づいて、前記のとおり「捜査の必要があるので、右被疑者と弁護人等との接見に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。」旨の内容の一般的指定書を作成し、あらかじめその謄本を被疑者の在監する監獄の長に交付するのが通例である。

右一般的指定の法的性質等については議論のあるところであるが、抽象的な性質論はおくとして、その運用の実態が、右一般的指定が行われると、文字どおり「別に発すべき指定書」(いわゆる具体的指定書)を持参しない限り、弁護人等は、被疑者との接見交通を一般的に禁止されることになるとするならば、一般的指定書がそのような効力を有することを認識しながらこれを作成、交付する行為は、接見交通の自由を不当に制限するものであり、違法である。

これに対し、一般的指定書は、検察官から監獄の長に対し、弁護人等から接見の申入れを受けたときは、具体的指定をするか否かを検察官に問い合わせるべき旨を事前に連絡する内部的事務連絡文書にすぎず、このような連絡をあらかじめしておくことは、弁護人等にとつても監獄の長にとつても便宜であり、手続の明確性を保つゆえんであるとの見解がある。一般的指定にそのような有益な側面があることは明らかであり、したがつて、一般的指定書が交付されている被疑事件について、弁護人等が直接被疑者の勾留されている監獄に出向いて接見の申出をした場合に、当該監獄の職員が、一般的指定の右趣旨にのつとつて、遅滞なく検察官に連絡をとり、その指示を仰ぐ運用が実際に励行されているとするならば、その限りにおいて、一般的指定書の作成、交付は、文面が内容にそぐわないきらいはあるにしても、違法の問題を生ずる余地はないと解される。

(三)  (具体的指定書)

検察官が刑訴法三九条三項の接見についての日時等の指定(具体的指定)をする方法として書面によるか口頭によるかについては、法の定めがなく、検察官の裁量に委ねられているものと解すべきところ、書面による指定は、指定の内容を明確にし、指定をめぐる紛争を防止し、不服申立てに際しての審判の対象を明確にするなどの利点があり、指定の方法として適法であることはいうまでもない。

しかし、書面による接見指定の問題は、専らその送付方法にあり、検察官は、弁護人等に対し、指定の日時、場所及び時間を記載した具体的指定書を当該監獄まで持参するように要求するのが通例であるが、検察官が弁護人等の意に反して右書面を検察庁まで受け取りに来ることを強制することは、対等な立場にある検察官と弁護人等との間で、しかも、弁護人等の接見交通の自由を例外的に制約する場面において、法律上根拠のない義務を弁護人等に課するものであり、違法である。

したがつて、書面による接見指定の方法は、合理性はあるが、事実上、弁護人等の協力が得られるとか、書類の電送設備が整つている場合に有効な指定方法であるにとどまり、そのような前提条件を欠く場合には、迅速な処理を要する事柄の性質上、現実の問題として、電話等口頭による方法によるべきであり、そのようにしたからといつて、現に緊急の場合等に支障なく口頭による指定が行われている実情に照らして、無用の混乱を生ずるおそれがあるとは認め難い。

2  本件行為の違法性

(一)  そこで、以上の見解に基づき、本件行為が違法であるか否かについて検討する。

(1) 七月二七日の行為について

検察官による一般的指定書の作成、交付が違法であるかどうかは、前述のとおり一般的指定の運用の実態によるべきであるところ、同日、原告の接見の申出に対し、博多署の職員が具体的指定書の持参がないことを理由に接見を拒否したことの証明はなく、むしろ、原告は、右職員から、本件被疑事件について一般的指定書が交付されているとの回答を得て、自主的に同日の接見を断念したものであつて、本件における一般的指定書の作成、交付に関しては、その違法性を根拠づける具体的事実について証明がないことに帰着する。

(2) 七月三一日の行為について

原告が同日接見の申出をした際、甲野は、警察官による取調べのため署内を移動中であり、取調べを受ける直前であつたが、この場合は、本件事案が複数の者による監禁、殺人、死体遺棄という重大な犯罪に係るものであり、捜査が重要な段階に差し掛かつていた上、原告として甲野との接見は今回が初めてではないことなどの諸事情にかんがみ、現に被疑者を取調べ中である場合に準じて、検察官において接見の指定をすることができる場合に該当すると解するのが相当である。原告の右接見の申出に際し、取調担当警察官が甲野をいつたん留置場に連れ戻した事実は、同警察官の主観的意図が接見を前提とするものであつたと否とを問わず、右の判断を左右するものではない。

したがつて、右の同旨の判断に立ち、接見のための日時等を指定する措置を講じたA検事の行為は、適法である。

(3) 八月一日の行為について

同日の接見申出は、A検事による前日の具体的指定に基づくものと解されるところ、その後特に事情の変更はなく、右申出当時、甲野は、留置場にいたのであるから、検察官としては、右指定どおり直ちに原告に接見の機会を与えるべきであつたにもかかわらず、A検事は、原告が具体的指定書を持参しなかつたことを理由に右接見の機会を与えなかつたものであつて、A検事の右行為は、弁護人の意に反して具体的指定書の持参を強制するものであり、違法である。

(4) 八月二日の行為について

原告が同日接見の申出をした当時、甲野は、警察官による取調べ中であつたから、この場合は、特段の事情がない限り、検察官において接見の指定をすることができる場合に該当すると解すべきところ、右特段の事情があつたことは、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

そうだとすると、同日は、「捜査の必要」のため、昼休み中か又は取調べ終了後に接見する機会があつたにとどまり、任意の接見はもともとかなわなかつたのであつて、右の限られた時間帯の接見指定に原告が応じたことについて確たる証明のない本件においては、原告が同日接見の機会を与えられなかつたことと、B事務官が具体的指定書の持参にこだわり原告の接見の申出に対し適切な措置を講じなかつたこととの間には、因果関係がなく、したがつて、ここではB事務官の右行為の違法性を判断する余地はないというべきである。

(5) 八月三日の行為について

原告が同日接見の申出をした当時、甲野は、検察官による取調べが終つた直後であつたから、この場合は、特段の事情がない限り、検察官において接見の指定をすることができる場合に当たらないと解すべきである。

しかるに、B事務官は、右特段の事情がないにもかかわらず、しかも、これから先具体的指定をした際の指定書の持参に拘泥し、「捜査の必要」の有無について具体的に調整をすることすらしないまま、事実上原告に右接見の機会を与えなかつたものであつて、B事務官の右行為は、接見指定の要件がないのに弁護人の任意の接見を妨害し、かつ、具体的指定書の持参を弁護人に強制した点において、違法である。

(6) 八月八日の行為について

原告が同日接見の申出をした当時、甲野は、在監中であり、午後に取調べが予定されていたとはいえ、それまでにはまだ時間の余裕があつたのであるから、この場合は、特段の事情がない限り、接見の指定をすることができる場合に当たらないと解すべきである。

しかるに、A検事は、甲野が昼休み中であるという理由により原告に接見の機会を全く与えなかつたものであつて、A検事の右行為は、接見指定の要件がないのに弁護人の任意の接見を妨害した点において、違法である。

この点について、A検事は、甲野に食事と休憩を与えるために接見の指定をしたとしているが、〈証拠〉によれば、一般的指定のされていない通常の事件では、弁護人等は、通常昼休み中でも自由に接見していることが認められるのであり、昼休み中の接見であつても、時間の配分等に配慮、工夫をすれば、被疑者の人権を不当に侵害することにはならず、したがつて、昼休み中であることは、右特段の事情を基礎づける事実となりうるものではない。

(二)  以上のとおり、本件行為のうち、七月二七日の妨害①については、違法の証明が十分でなく、したがつて、この点に関する原告の主張は、理由がなく、七月三一日の妨害②は、むしろ適法であり、したがつて、この点に関する原告の主張は、理由がなく、八月一日の妨害③は、適法であり、八月二日の妨害④については、行為と結果との間の因果関係の証明が十分でなく、したがつて、この点に関する原告の主張は、行為の違法を判断するまでもなく、理由がなく、八月三日の妨害⑤と八月八日の妨害⑥は、いずれも違法というべきである。

四責任原因

1  検察官は、その職務を行うについて上級官庁の指揮監督を受ける立場にあるから、検察官がある事項に関する法律解釈又は取扱いについて所属検察庁の運用方針にのつとつて職務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されても、原則として当該検察官本人に故意はもとより過失があつたとすることはできない。

しかし、その反面として、検察官が右運用方針に反して違法な執行行為をしたときは、特段の事情がない限り、右行為について少くとも過失責任を免れないとするのが相当である。

2  そこで、これを本件についてみる。

(一)  〈証拠〉によれば、本件行為当時、福岡地検では、刑訴法三九条三項の接見指定について、「捜査のため必要があるとき」の意義を、罪証隠滅のおそれがある場合を含め広く捜査全般の必要性があるときの意に解し、指定の方式については、あらかじめ一般的指定書を発行し、弁護人等から接見の申出があつたときは、検察官が、接見についての日時等の指定の必要があるか否かを慎重に調査、判断し、指定の必要があると判断したときは、弁護人等と日時等について協議をし、その上で、緊急やむを得ないなどの特別の事情がある場合を除いて、具体的指定書を作成して、弁護人等にその持参を要請する運用方針であつたことが認められる。

(二) ところで、A検事は、八月一日の妨害③において前日の指定に係る接見に際し原告が具体的指定書を持参しなかつたことを理由に接見を認めなかつたが、右措置は、当時の福岡地検における運用方針にのつとつたものとみられ、したがつて、右の点についてA検事に故意はもとより過失があつたとすることはできない。

これに対し、A検事は、B事務官を通じてではあるが、八月三日の妨害⑤においては、接見指定の要件の有無を調査すべき当面の手続をさておいて、従前の経緯からして原告が容易に応じないことを見込みながら殊更に原告に具体的指定書を持参することを要求し、そうすることによつて、事実上任意の接見の機会を奪うとともに、適切な指定措置を講じなかつたものであり、右措置が福岡地検の運用方針にのつとつたものでないことは明らかであるから、この点について過失を免れない。

また、A検事は、八月八日の妨害⑥において、捜査が既に大詰めの段階を迎えており、その中断によつて顕著な支障を生ずるとは認められない状況の下で、昼休み中であるという一事をもつて原告に任意の接見を一切認めなかつたものであり、この点についても、福岡地検における運用方針を誠実に遵守したとは認められず、過失を免れない。

五損害

〈証拠〉によれば、原告は、A検事の本件行為により、甲野との接見交通を妨害され、弁護人として十分に職責を果たすことができなかつたことについて、精神的苦痛を被つたことが認められるところ、右精神的苦痛を慰謝すべき金額は、違法行為の期間、態様、準抗告の手続などの手間やその回数、接見の申出と実際に原告が被疑者と接見した時期及び回数、博多署への往復に要した費用、原告の対応等諸般の事情にかんがみ、三〇万円をもつて相当と認められる。

なお、原告は、損害の点について、A検事の具体的行為ごとに損害額を計上し、しかも、慰謝料とタクシー代を区分して主張しているが、本件行為による損害賠償請求権は、被侵害利益である接見交通権の性質から考えて、全体として一個であると解するのが相当であり、原告の右主張は、そのような観点から、一個の慰謝料の内訳又は斟酌事由を示したものと解されるので、この点については、右のとおり主張に相応する判断を示すにとどめる。

六結論

以上のとおりであつて、被告は、国家賠償法一条一項の規定に基づき、本件行為による原告の損害を賠償すべき責任があり、原告の本訴請求は、原告が被告に対し金三〇万円及びこれに対する不法行為の終わつた日である昭和六〇年八月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右範囲を超える部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言の申立ては、相当でないものと認め、これを却下する。

(裁判長裁判官小長光馨一 裁判官橋本良成 裁判官岩木宰)

別紙原告代理人目録〈省略〉

別紙接見等に関する指定書

被疑者

捜査のため必要があるので、右の者と、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類若しくは物の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。

昭和  年月日

検察庁

検察官 検事

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